船長は、ふと考えた。
このところ、ゲストは釣るものの、 自分は三日間も、本命ボウズだった。 さすがに三回の出港でボウズが続くと、
ゲストは大物を釣って嬉しいのだが、
なんとなく気持ちが滅入るものだ。
よし、今日は、ジャッキー(ジャストキロ級)でもいいので、 本命を一尾釣り上げてみようと、
ゲスト釣行としては、 いつになく張り切っていた。
だが、弟子の浜ちゃんと、 大ダイハンター女史が乗船しているので、 先を越されるだろう。 愛艇は、ゲスト席のミヨシの方が良く釣れる。
不安は、的中。
さっそくコンタクトがあったのは、 弟子の浜ちゃんだった。 しかし、本命ではなく、キロ級のイトヨリダイだった。
今日は、条件としては申し分なかった。 常時1.4km以上で船が流れ、 糸はインクラインに海中へ入っていた。 昨日によく似ている。
だが、好条件シンドロームのようだった。 好い条件だが、活性は低めで、食い渋り。 たまに興味を示した魚が、タイラバに近付くが、
ネクタイを咥えて終わりというのが続いていた。 掛かるのはイトヨリダイ。
更に、ちょっとした事件が起こった。 周囲に油断していたら、
いつの間にか籠網の旗が間近にあって、 回収指令を発令したが、 時既に遅しで、三名共に、籠網ロープに引っ掛かった。
以前にもまして籠網が増えたようで、 いいポイントのあちこちに点在している。 この籠は、特に質(たち)が悪かったようだ。
籠ひとつならまず掛かることはないが、
一つの旗の下には複数の籠が連なっている。 捨てられたロープに掛かったこともある。
籠やロープに、 タイラバの鈎が掛からないように気を付けていても、 こういう惨事が起こる。
まことに厄介な事件だった。
失った仕掛けを付け直して、 気も取り直して、リトリーブを続けた。
こんな時は、釣果も冴えないんだよなあ。 と、ぶつぶつ不満げに釣りをしているものだから、 タイラバに「気」が入らない。
しばらく、ノーコンタクトが続いていた。
ふと、魚探の画面を見ると、大ダイが映っていた。 「今、この船の下に大ダイがいる。」
と、ゲストに伝えたものの、アタる気配は無かった。
魚探に映った大ダイがコンタクトしたという記憶は、 ごく稀(まれ)にしかない。
どうせ、食って来ないだろうなと思っていた。
船長の竿にもアタらない。 諦めずに再フォールしていると、・・・。
グイ、グイっとタイラバを引っ張る魚がいた。 そのまま巻いていると、ぐぐーっとやや強い引きになった。 そして、・・・。
ギュイーーーーーン。わわわっ。ヒラマサだ〜。 ギュイーーーーーン。ギュイーーーーーン。 半端ない引きが断続的に来た。 ギュイーーーーーン。
僅かに止まった引きを見計らって、高速巻き巻き。 だが、ギュイーーーーーン。 いちかばちかの強めの指ブレーキも、
役には立たず、ギュイーーーーーン。
重量感も半端では無かった。 6月23日にメーター級ヒラマサを掛けた感覚が、
まだ残っていたので、おそらく同じサイズだろうと思った。 もちろんゲストには仕掛けを回収してもらい、
デッキをあちこち移動しながら、 厳しいやり取りに挑んでいた。 ドラグはまるで役に立たない。 指ブレーキの掛け具合を調整しなければ、
取り込むことはできないのだ。
エンジンをかけて、糸が出た方向へ走ろうと思ったが、 魚は後ろへ向かっていた。
低速後進という、かつてなかった操船で、 かなりの量の糸を巻き取ることができた。
だが、まだまだ油断ならない。
ギュイーーーン。引きはやや収まったが、 ずーんとした重さを感じていて、 これで、もう一度力一杯引かれたなら、
無念のブレイクになるかも知れないという、 極度の緊張感があった。
二十分くらいは経ったと思う。 すでに、へとへとだった。
しかし、ここまで頑張って、逃すのは悔いが残る。 僅かに余っていたエネルギーをすべて費やして、 何とかフィニッシュまでこぎつけようと考えていた。
「ぐあーっ。」と声を張り上げながらのポンピング。 何度続けたことだろうか。・・・
ようやく、待ち焦がれていた、 白い魚体が見えて来た。
「ええっー!」と、腰を抜かすところだった。
な、なんと、これ。 ヒラマサではなくて、マダイだったのだ。
93cmの超大型マダイだった。
このサイズにしては、色も体型も美しいオスだった。 これほど、苦労して釣り上げたマダイは、 ほかにないほどの、最高の引きだった。
99%ヒラマサだと思っていた。
ほとんどの大ダイは、中層を過ぎる頃には、 腹に空気が入って、ぷかぷか状態になって、 それ以降は、楽なやり取りになるはずだ。
ところが、このマダイはちがった。 これほど、とんでもなく引いたことに、 びっくり仰天。
すっかり疲れてしまい、
へとへととなった
船長のみ、納竿することにした。
大ダイハンター女史は、珍しく音無しだった。
今年続いていた本命・準本命の連続記録に、 ようやく終止符が打たれるかと思っていると、
竿が弧を描き、キュイーーン。が聴こえた。
マダイでは無かったが、
準本命の超高級魚マハタを釣り上げたのだ。
今回もボウズは免(まぬが)れ、
今年に入ってから、 11回連続で、ボウズ無しとなった。
しぶとく、がんばる人である。
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